標本箱。

文章が書きたくなったとき。閉じこめる。

夏と嘘。

人の話なんて嘘か本当かなんてどっちでもよくてその人が自分にとって大切かそうでないかでそれで良くないですか。

 

自分にとってその人が面白い人で大切な人ならそれでよくないですか。

 

ダメですか。我儘ですか。

 

 

愛があれば半分信じて。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

実家の近くに沖縄料理屋さんがある。正確にはあった。

 

 

そこの店長は25年間沖縄石垣島に住んでいたらしく、アルコール中毒のせいで見た目年齢80歳なのに実年齢は43歳で、

 

 

一般常識が欠如していて会話をしていると浦島太郎(竜宮城から帰ってきたらそこは10年後の世界でもらった玉手箱を開けたらおじいちゃんになっちゃう不憫な人)と話しているようだった。

 

 

自分の見た目がおじいちゃんなせいで夫婦と勘違いされる実の母とお店を営んでおり、

しかも他のお客さんに話を聞いたところ度々実の母に手をあげているようだった。

 

 

前歯がズタボロに欠け(コンプレックスに思っているらしく顎につけたマスクで笑う際に度々隠す)、

 

アル中のせいで痛風を併発してるであろうがりっがりな足をひきずり、


何をしゃべっているのか聞き取るのが難しいへべれけなしゃべり方にもかかわらず、

 

「あぁこの人たぶん昔はモテたんだろうなぁ。」

 

と思わせる雰囲気をもっていた。

 

ボロボロのナイキのTシャツ、首から下げたサンゴ礁でできたネックレス、


見た目はおじいちゃんのくせにどことなく感じさせる少年らしさ、


若さと無鉄砲さからその姿にさせたであろうメンタリティからモテる人間のソレを感じたのである。

 

 

守るものが自分しかない人間の無鉄砲さはモテるんですよ。持論だけど。

 

 

なんでブログにまでこのことを書いたかというと自分にとって心に残る出来事だったのは勿論だけど、

その沖縄料理屋が家賃滞納でなくなってしまったからである。

 

 

はじめてお店に行ったとき、

「君、なんの仕事してるの?」と聞かれ「音楽関係の仕事です。」と答えると、

初対面にも関わらずモーリスのギターとその時お店でBGMとしてかかっていたマーレーズというバンドのCDをくれた。

 

 

そのギターもCDもお店がなくなってしまったからもう一生返せることはない。

 

 

人間の幸せってなんだかわからないし、この人は周りにとったらアル中のくそ野郎かもしれないけど、私は好きだった。

 

ギターずっと弾くね。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

 

私は誰かに嫌なことを言われたとき、

相手が家族であろうと友達であろうと相手を「悲しませる」という行為が嫌すぎて、「嫌だ」ということをすぐに言うことが出来ない。

 

それは嫌だということを伝えて逆に自分が傷つくことが嫌なのか、

それとも相手に嫌われるのが嫌なのか本当の理由は分からないけど。

 

相手の悲しむ顔が嫌で、ただただ自分だけが悲しく、傷つき、我慢をし、

そしてずっとずっとその人を憎む。

 

人を悲しませることはとても苦しいことである。

 

 

 

最近しばらく喧嘩をしていた友達と仲なおりをした。

 

仲直りをしたというより、

久しぶりに会ったらお互い笑顔を我慢することが出来ず、

しかも同じステージに立ったら無敵なような気持ちになり、

 

ああ友達というか相方はこの子じゃないとダメだなという気持ちになってお互い素直に「ごめんなさい」と言えたし、「好きだ」と改めて伝えることが出来た。

(この時点で誰の事か分かりそう。笑 お騒がせな二人でごめんね。)

 

 

人間結局どんな綺麗ごと並べても自分が一番大事なんだと思う。

 

自分を大切にしないと気持ちよく生きていけないから。

 

でも他人に寄り添うって面白いし人間くらいにしか持ち得ない美しい感情だと思う。

 

しかも価値観の扉が多い人ほど強いし慕われる。

 

弱くても小心者でも他人に寄り添える人は強いと信じたいし信じている。


そんな人になれたらな、と私は思う。


 

------------------


 

以前尊敬する方に、

 

君は君を応援する君より上の立場の人のためも、下の世代のためにも、ファンの方のためにも地獄に居ても天国を見ていなきゃいけないんだよ、そこが地獄でも、仮に地獄が楽しくても、天国を見ていなければ応援してくれるその人たちがかわいそうだよ。

 

と言われ、どうしても苦しく、せめて楽しい地獄に、とだけ考えていた私にはその考えは完全に盲点でしかも天国なんてあるんだ、というより私も天国見ていい権利あるんだって思った。

 

その時私は私なりの「天国」と「幸せ」に向かって走り出したんだと思う。

 

人によって幸せの成り方も幸せの定義も違うけど、私も君も自分なりの幸せを掴もうね。

 

大丈夫、きっと大丈夫だよ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

8/10 (木) 

クラブイベントanthem ageHaに行った。

 

行きの無銭バスの中が普段の私生活では絶対交わらなそうな人たちであるにも関わらず、完全に小学校の修学旅行のようになっていて、

 

しかも私たちは予想通り明るくお喋りするリア充グループから3メートル後方でひそひそ話をするような立ち位置で笑ってしまった。

 

にも関わらず箱についたらバスで一番関われなさそうだなあ、と思っていた厳つく一番うるさかった(ごめんなさい)お兄さんが話しかけてくれて、

 

人間表面だけで人を判断して仲良くなれないと決めつけちゃダメだなあと改めて思った。

 

ネオンとレーザーの光の中大好きなドープな音楽でテンションがハイになり本当に自由に踊って5時間以上も居たのにジェットコースターより速いんじゃない?といった体感速度なほど楽しかった。

 

インターネットカルチャーな雰囲気がほどよく漂ったイベントで社会不適合者の私もその空間に居てほどよく違和感もあって、ほどよく心地よく、本当にとてもいいイベントだった。

 

沢山の線が音楽やカルチャーを通じて一つの点となって集まることって本当に素敵なことだと思う。

 

 

ああいうイベントが作れるように将来なりたいなあ。がんばろっと。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


8/13(日)

 

コミックマーケットに行った。所謂夏コミである。

 

しかもコスプレのみの参加は今回が初めてだった。

(初めてのときは写真集のモデルでブース参加)

 

twitterには書いてなかったけどコミケ三日目の二日前から持病のせいですごく体調が悪く行けるか不安だったんだけど、

 

前日祝日の中、祝日もやっている普通の病院から大学病院まではしごをしなんとか体調を復活させた。

 

きゃぴきゃぴ遊べるうちに遊びつくそうと友達と笑いあいながら、でも本当にその通りで忙しくても遊べるときに、特にイベントごとはやりつくした方がいいと今更ながらに思う。

 

季節はちゃんと使い尽くしてあげよう。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

8月19日(日)

 海に行った。夜の海に行った。


私は以前より「頭の中の桜と海が1番美しい。」という考えを持っており、

(それは遠くに有るものほど美しく見えるといった意味で)

 

暗闇で白い泡と波のおうとつしか見えない夜の海はやはりそこまで美しい、と言えるものではなかったけど、


夜、という特別感が昼間なら目にも入らない漁船さえ、

遠くでゆらゆらと揺れオレンジに光る何か幻想的なモノに変えて見せた。


神奈川県の小田原の海でやっているレゲエのイベントに行ったんだけど、


お客さんが全然居ない中流れる平和なレゲエサウンドが非現実感を助長させて、

お酒も入ってないのに心地よい浮遊感を感じさせてくれた。


現実は頭の中で描いた通りにいくことばかりではないし、逆なことも多いけれど、

景色も人も、実際に会って体感することでしか感じ得ない美しさも有るのだと知った気がする。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


今年の7月〜8月の間印象的だった事やイベントごとを書き出してみて、まだ9月も暫く夏の暑さが続くのだろうけど、


やっぱり夏はあっという間で、過ぎてみると全部幻で全部嘘だったんじゃないかと思える。


少しづつ、でも確実に終わる夏の寂しさと焦燥感の下で8月32日が来る明日を夢見て。


f:id:makiron716:20170831182028j:plain